2017年10月24日

お知らせ

〈ヒューマンドキュメンタリー映画〉
伊勢真一演出作品ゆめのほとり
〜認知症グループホーム福寿草〜
上映会とシンポジウム
平成29年11月9日(木)18:00〜20:35
鈴鹿市文化会館 けやきホール  参加費:500円

以下の映画の紹介は、「認知症ネットから引用
させて頂きました。詳細は次のサイトをご覧ください。
https://info.ninchisho.net/archives/4815

◇札幌の福寿荘を舞台に◇
「ゆめのほとり」は、北海道札幌市にあるグループホーム「福寿荘」が舞台となっている。「福寿荘」は、元看護師である武田純子施設長が、2000年に開設。施設長の「一人一人を大切にするケアをしたい」という考えのもと、重度・軽度の様々な症状を持つ42人の認知症患者が生活している。
認知症グループホーム「福寿荘」を舞台に、そこで生活をしている人たちが生き生きした群像を1本のドキュメンタリー映画としてまとめた。
◇特別なことではなく、当たり前の生活◇
伊勢氏は、認知症患者を見つめ続けてきた約2年間という時間で、認知症の人は、「何も分からない、できない人」という訳ではなく、「本人なりの思いや願い・できる力を秘めている」人で、「喜怒哀楽を共にしている人」と認識したという。
グループホームにいる人たちの生き生きした生活が見ることができる映画となっている。

ご案内と申込用紙は下記をクリックしてください!
ゆめのほとり案内.jpg
ゆめのほとり申込書.pdf





posted by 鈴鹿の北さん at 11:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年10月20日

10月15日のD−カフェ

10月15日(日)にD−カフェ開催しました。
認知症笑話として、
「感動する脳」のお話をしました。
人は笑顔には笑顔で、怒りには怒りで感情を
返します。表情が大切だと分かります。
認知症で「不安」を抱えて生活してる人には
当然笑顔で接っすることが基本です。
また、ひとは年をとるとともに意欲が
なくなっていきます。意欲は何か新しいもの
への期待があるから生まれるものです。
年をとると新しいものへの期待も薄れてきます。
新しいものの発見で感動するのは若いときのこと、
と思いこんでしまう。
しかし、人と心を通わす静かな感動の積み重ね
によって小さな意欲は湧いてきます。
認知症を抱えていても同じです。
D−カフェに来られる方は、何か新しいものが
そこにあるという期待感を持っている方が
多いように思いました。
今度は、介護予防体操とか健康体操をしてほしいという
声も出ました。いつまでもここに来られるように
という期待感があふれているようでした。
目標を持つことの大切さを学ぶことが出来ました。
参加者は
近隣住民 14名
内、認知症の診断を受けている方2名、
  その家族1名、パーキンソンの方1名
  その家族1名
介護福祉士1名
社会福祉士1名
作業療法士1名
ボランティア2名
他事業所職員の見学1名
でした。
次回は、11月19日(日)
午後1時から3時
です。P1040811a.jpg

posted by 鈴鹿の北さん at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年09月27日

10月のD-カフェ

10月のD−カフェは、
10月15日(日)午後1時からです
スケジュールは、
13:00〜 交流会(コーヒータイム)
13:30〜 健康測定会(14:30まで)
13:30〜 認知症笑話(13:50まで)
14:30〜 昭和の遊び
15:00  終了
申込は、電話 059-395-1212 まで
参加費:無料
介護や認知症について個別に相談を
承ります。お気軽にお越しください!
posted by 鈴鹿の北さん at 17:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年09月15日

D-カフェ中止

9月17日(日)のD-カフェは
台風18号のため中止致します!
posted by 鈴鹿の北さん at 16:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年08月14日

認知症カフェの運営に期待する! 

認知症カフェは増え続ける!
運営の意図は、認知症を抱えた方、その家族の支援だが、実態は認知症とかけ離れているものが多いかもしれない。
運営の実態は、〇〇〇サロン的なものやミニ・デイサービス的なものが主流なのかもしれない。
認知症支援を明確にしたものの運営は難しい。
その理由は、
認知症を抱えた方やその家族が依然として孤立しているからではないか。
もともと日本人は、人前で積極的に話をするとか、自己主張をするとかが苦手な国民だ。「認知症を語る」ことは、さらにハードルが高くなっている。
オランダのアルツハイマー・カフェは、認知症を抱えた方が、その家族が孤立せず社会参加を果たすためにもっともよい環境が「カフェ」なのではないかとの発想で始まったはずだ。発想自体は日本も同様だが、国民性の違いが認知症カフェ運営を難しくしているように思う。
認知症を地域で支えるためには、カフェ運営者の努力だけでは難しいが、地道な運営を続けていくしかない。
認知症についてオープンに語り合える地域づくりには何が必要か知恵を出し合う必要がある。
認知症初期集中支援チームの設置や認知症地域支援推進員の配置が進んでいる。制度的には整備が進んでいるが、認知症を地域で支える力になりうるだろうか。
新たに認知症と診断された方、その「認知症ケア新規参入家族」が次々と生まれてくる。認知症とは何か、地域に絶えず働きかけていかないと追いつかないのが現状だ。
地域の「認知症カフェ」はその手助けの一端になればいい。ネーミングは何でもいいだろう。参加しやすい雰囲気こそ大事なのではないか。
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posted by 鈴鹿の北さん at 15:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記